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伊東勤監督の年俸と身長や出身校について【千葉ロッテマリーンズ】

      2015/09/10

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西武ライオンズ現役時代には、抜群の求心力でナインを支え、逆転サヨナラ満塁弾を放った経験もあり、ここ一番の勝負強さが大きな魅力の伊東勤監督。

監督になってもその勝負強さは健在で、現役引退後に即監督となったのは過去に5人居ましたが最高順位は5位。

伊東監督はこのジンクスを見事に破って2年ぶりのリーグ優勝!そして12年ぶりの日本一を達成している勝負強い監督さんです。そんな伊東勤監督の年俸や身長体重、出身校などについて調べてみましょう。

※ちなみに、こちらは2015年のデータとなります。

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伊東勤監督の年俸は

伊東勤監督の年俸額は推定8000万円。

伊東監督が西武ライオンズと千葉ロッテマリーンズの約6年間での成績が、837試合・427勝401敗9分(.516)この成績なら他の監督と比べても安いですね。

1億円もらってもいいくらいの成績ではないでしょうか?

 

伊東勤監督に関する豆データ

伊東勤監督の身長や出身校など豆データをみてみましょう。

 

◎身長:181cm

◎体重:84kg

捕手の体型は『大きい』『太ってる』って言うイメージがありませんか?

漫画のドカベン・山田太郎やタッチ・孝太郎の印象からかもしれませんね。そんなイメージを払拭するように、伊東監督は捕手というより野手のような体型に思えます。

捕手で134盗塁の日本記録を更新する程ですから、均整のとれた体型であることは間違いありません。

 

出身地:熊本市東区

出身高校:熊本工高、所沢高

伊東監督の出身地の熊本市は、人口・約74万人の日本最南端の政令指定都市。有名な観光地は熊本城、藤崎八幡宮、水前寺成趣園などがあり、市内には路面電車も走っている風光明媚なところです。

熊本出身は大企業TOPの方を多く輩出していて、磯田一郎(元住友銀行会長)、木村康(石油連盟会長)、迫静二(富士銀行初代頭取)、立石一真(オムロン創業者)、戸崎誠喜(元伊藤忠商事会長)、信原啓也(元JCBカード社長)、古荘四郎彦(初代千葉銀行頭取)、細谷英二(りそなホールディングス会長)、山本卓眞(富士通名誉会長)などそうそうたる顔ぶれです。

熊本市には大物を輩出する何か下地があるのか?と深堀したくなるほどです。

 

伊東監督の母校である熊本工業高校(愛称・熊工)は甲子園常連校で40回の甲子園出場を誇り、熊本県内の高校の中では、ダントツの甲子園出場回数です。

甲子園春夏通算勝敗は45勝40敗で、夏準優勝3回・ベスト4が5回という超名門野球部。超名門野球部ですから熊工出身者のプロ野球選手は数多くいますがその中でも超が付く有名人がいます。それは『打撃の神様』の川上哲治さんです。

 

熊本工業高校定時制課程に在籍。当初は外野手だったが、同学年の藤村寿成(九州学院)の足を封じるために捕手に転向した。この藤村寿成の次男藤村大介は熊本工の後輩にあたる。
1980年、全国高等学校野球選手権熊本大会決勝で秋山幸二をエースに擁した八代高校を破り第62回全国高等学校野球選手権大会に出場。当時西武の監督を務めていた根本陸夫にその才能を見出され、1981年に熊本工から埼玉県の埼玉県立所沢高等学校(定時制)へ転校。同時に西武球団職員として採用された。昼間は職員としての社務の傍ら練習生として活動し、夜は高校通学という生活を送った。これは根本が他球団に伊東を奪われまいとするための「囲い込み」であったと伝えられる。

 

伊東監督は全日制ではなく定時制だったんですね。昼間は野球の練習をするか働くかして夜は勉強いう生活だったんでしょうか?

伊東監督の時代は定時制が4年制だった頃なので熊本で4年間過ごすなら4年生は野球部の大会に出場が出来ないし、高校在学中の3年生時にドラフトで指名される事はないので、コーチで野球部に残るか、働きながら高校に通うかという選択しかなかった。

もし西武ライオンズ監督の根本陸夫に誘われていなかったら今の伊東監督は存在していなかったかもしれないと考えると、ドラマチックなエピソードですね。

 

あと、元々外野手だったので捕手に転向というエピソード。

これを見て、先ほどの身長体重の数値については一人で納得したところです。

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伊東勤監督は歴史に残る名捕手

伊藤監督の現役時代の数字も凄まじいのですが、こちらのエピソードから伝わる『技術』の確かさが現役時代の伊藤監督を物語っているように感じます。

1992年の日本シリーズでは、野村克也の教え子古田敦也と、森祇晶の教え子伊東の対決となったが、野村をして「伊東のリードには傾向が出ない為、読みづらい」と言わしめた程である。リードだけでなく、抜群のキャッチング技術を持っており、大きな音、つまり薄い部分で受け止める技術に長けていた。大きな音を聞くと審判は気分が高揚し、ストライクを出しやすくなり、打者も大きい音から「今日は調子がよさそうだ」と警戒するようになったという

キャッチャーですから、リードするのが仕事ですし、それを相手に読みづらくする工夫をするのは当然だと思います。そこを凄く工夫していたのはこのエピソードから明確ですし、恐らく相当な研究と試行錯誤の結果だというのが分かります。

それも凄いことですが、それ以上になかなか出来ないであろうことが次のエピソードですね。

キャッチャーミットに入る時に大きな音が出るようにキャッチングするなんて。グラブの薄い部分で正確にキャッチする技術もさることながら、それを計算して演出するという発想が非凡。

実際、人は音による雰囲気を敏感に感じ取ります。「ズバンズバン」と気持よくミットに収まっていたら誰しも球威があるかもと思うのは当然ですね。

 

スポーツはメンタルの部分が非常に大きな影響を及ぼすもの。

バッターボックスに立った時点でより警戒心を持たせることに成功すれば有利に運ぶのは当然のことですね。そこまでこだわりを見せてそれを実行できていた伊藤監督の技術に脱帽です。

 

まとめ

伊東監督が定時制に通っていたとは意外でした。

定時制でも甲子園に出れるのが凄いですし、熊本の高校生を大成するかどうかもわからないのに所沢の高校へ転校までさせて、自分の球団で働かせながらドラフトの時期まで世話をしてしっかりドラフト1位で指名・獲得をした根本陸夫にも驚きでした。

 

「本気でしているから誰かが助けてくれる」

 

これは私が好きなことばの一部抜粋ですが、まさに根本さんが助けてくれたのではないでしょうか。

 

田舎の近所付き合いとかでもそうですが、知らないところで誰かが見てくれているものですね。何かを成し遂げたいなら、本気でやり続けてみるというのは無駄なことではないと思います。

人生、誰が何処で自分の事を見てくれているかわかりませんので。

 

※上記引用は全てウィキペディアより

 

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