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原辰徳監督の年俸と身長や出身校など豆知識【読売ジャイアンツ(巨人)】

      2015/09/10


選手としても監督としても数々の実績を残している原辰徳監督。やっぱり実績が実績だけに懐事情も気になります。

高校時代からスターとしての地位を歩んできた原辰徳監督の年俸って一体いくらなのか?実は全球団の中でも段違いに稼いでいるようなんです。

もちろん、身長や体重、出身地や出身校などについても掘り下げていきましょう。
※ちなみに、こちらは2015年のデータとなります。

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原辰徳監督の年俸は

原辰徳監督の年俸額は推定1億6000万円。

この数字は、全監督の中でもダントツ一番の高給取り。ただ、費用対効果的な観点でロッテ・伊東勤監督、日ハム・栗山英樹監督、オリックス・森脇浩司監督の成績と年俸を見比べると、原監督はもらい過ぎかもしれません。

 

原辰徳監督に関する豆データ

原辰徳監督の身長や出身校など豆データをみてみましょう。

◎身長:181cm

◎体重:88kg

言わずもがな、原辰徳監督は長らく巨人の4番を務めてきたスラッガー。

一般的に4番打者のイメージは、比較的大柄の選手が多く助っ人外国人を思い浮かべてもそれはあきらかですが、原監督は4番打者としては少々華奢でスマートな4番打者だった印象が強いですね。実際のところどうだったのか?

この身長体重だとBMI値・26.9。

ちなみに、イチロー選手はBMI値・23.8。松井秀樹氏は28.3で原監督は二人の中間ということになります。数字だけで判断すると、松井秀樹氏よりパワーは劣るが、イチロー選手よりはパワーがあるということに。

 

単純にBMI値が多ければ良いと言うわけではありませんが、BMI値が25を越えるとアスリートとしてはパワー型で、ハンマー投げの室伏広治氏が28.3、スピードスケートの清水宏保氏が26.3、重量挙げの堰川康信氏が25.0等がこれにあたります。

現役時はもう少し痩せていたでしょうから、ギリギリパワー型のアスリートだったのかな。それでもあれだけのホームランを叩き出すわけですから、技術も相当高かったことが簡単に想像できますね。

 

 

◎出身地:相模原市南区

◎出身高校:東海大相模高

原監督の出身地でもある相模原市は政令指定都市で人口・約72万人と神奈川県内の中でも3番目(全国・18位)に大きい市。東京の町田市に隣接していて、東京のベッドタウンとしての人気なのか、年々人口が増えています。

 

原監督の出身校である東海大相模(正式名称・東海大学付属相模高等学校)は、野球・柔道・テニス・吹奏楽・剣道などが全国トップクラスの強豪校です。

原監督以外にもドラゴンズ・森野将彦、オリックス・川端崇義、巨人・大田泰示や菅野智之など数多くのプロ野球選手が卒業生にいますし、柔道でも山下泰裕、井上康生、高藤直寿などメダリストを多く輩出してます。

 

原監督が東海大相模へ入学したのは父である原貢さんが東海大相模野球部監督を務めていた為と言われています。

実はお父さんも偉大な方で福岡の三池工業の野球部監督時に夏の甲子園初出場初優勝させ、その手腕が認められ東海大相模でも引き続き監督をする事となりました。

その期待に応え、1970年の第52回全国高等学校野球選手権大会で優勝。1974年に原監督とお父さんでの甲子園出場が叶い、ベスト8と甲子園でも原親子は大暴れしました。

 

原監督の東海大相模時代の人気は凄まじく、1年生からレギュラーで夏の甲子園は3年連続で出場、選抜も出場するなどまさに甲子園のスター。アイドル顔負けの人気で非凡な才能とスター性で『原フィーバー』を巻き起こしその年のドラフトの目玉に。

しかし原監督はプロ入りを拒否して東海大学への進学を表明して全球団から指名なしという事態が起きたのですが、巨人オーナーの正力亨と長嶋監督が原監督獲得に乗り出す言明したことに、
東海大学総長・松前重義が激怒して記者会見まで行うと言う、ちょっとした騒動になったのは有名です。

その頃から原監督は何をしても話題になるほどの有名人でした。

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原辰徳監督と父:原貢との熱い親子関係

原監督の高校時代は『親子鷹』として大注目されましたが、その裏側には熱い親子関係があったようなんです。

オン:監督と選手の関係

「そりゃあ、もうあの時の俺は生きるか死ぬかよ。チームメイトの前で父親にバッコン、バッコンと拳骨で殴られるんだからね。この人は本当に俺の親父なんだろうかと悩んだこともしょっちゅうあったよ」

これは相当厳しい指導を受けていたようです。今では体罰だと大問題にされかねない内容なのが原監督のこの一言からもヒシヒシと伝わってきます。

行間を読むと、恐らく監督である父:原貢さんは実の息子だからという関係性を強く意識し、逆に親子だから甘やかしていると周りに思われないように”あえて”厳しく接したのではないかと捉えることができますね。

その証拠に、オフの時の関係がまたメリハリがあっていいんです。

 

オフ:親と子の関係

「家に戻ってくると親父は野球の話を一切しないんだ。食卓で一緒に座ると『おい、これも食べろよ』と言って笑いながら、目の前に並んだおかずを勧めてくれる。この人はジキルとハイドなんじゃないのかなと首をかしげたこともあったけど、最後はこう思ったよね。ああ、やっぱり俺のことをいちばん思ってくれる大切な親父なんだなってさ」

「野球の話を一切しない」ここが凄くグッと来ます。完全にオンとオフ、監督と父親を使い分けていることが分かります。

その世界観というか姿勢を敏感に感じ取った子:原監督もいいですね。オンの時の凄まじい厳しさがあるからこそオフの時のやさしさがより際立って感じられたのかもしれません。

 

「やる時はやる。そしてメリハリをつける。」

 

私も一端の父親として、自分の息子にはこのメッセージを言葉や背中で見せていきたいなと原監督のエピソードを知って感じているところです。

(もちろん、オンの時にもの凄く厳しく体罰を与えるということではないですよ)

 

※上記引用は全てエキサイトニュースより

 

まとめ

高校時代から父:原貢さんに野球を徹底的に教え込まれ、時に父としての愛に触れ今の原監督があるのですね。

東海大相模の監督がお父さんだからこそ、他の選手の目もあるから誰もが認める成績・結果を残さないとレギュラーにはなれない。その環境が逆に厳しい指導・練習に耐えられたのかもしれません。そしてその厳しい期間があったからこそ、プロとしても大成できたのではないでしょうか?
今の原監督の実績を見ると、お父さんから素晴らしい指導者としてのDNAも受け継いでいるように思えます。

 

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